病気になれば高い医療費を支払ってでも健康になりたいと思うのはなぜでしょうか。

病気にならない体つくり

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生きたいという願い

人一倍外見を気にしていた父は薬の副作用による脱毛を気にしていました。
いつ死んでもいいといいながらも、はげるのはいやだ、目が見えなくなるのはいやだといっていました。
人生の半分近くを病気と闘い多額のお金を医療費へと使ったものの、全体として幸福な生涯を送ったのではないかと思います。
戦後まずしい中で育ったせい何かお金に対する執着は強く金さえあればなんでもなると思っていたのかもしれません。
それでもあれほどの医療を受けても命をほんのわずか伸ばすことができただけです。
海外でうけて移植をしたものの数年後には帰らぬ人となり、移植に意味があったのかどうかも定かではありません。
もちろん移植をしなければもっと早くに亡くなっていたかもしれません。
あんなにいつ死んでもいいといいながらお金に糸目をつけずに医療費に多額をつぎこんだ父を見ていると、有名な人は永遠を思う気持ちを授けられたということばを思い出さずにはいられません。
生きたいという強い願望が人の根底にはあるのです。
しかしそれとは矛盾することとして命を絶つ人は年間何万人もいます。
それらの人も100パーセント死ぬことを望んでいたのではないかもしれません。
なんらかの解決策があったなら死を選ぶことはなかったかもしれません。
自ら死を選ぶのは決してあってはならないことなのです。
人は生きるように作られているからです。
病気になれば高い医療費をはらってでも健康になりたいというのが自然な願いです。


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